Tomoyuki Sakakida
1989年(平成元年)生まれ、札幌市在住。16歳の頃より様々なジャンルの楽曲を制作、2008年19歳の頃より「Tomoyuki Sakakida」名義での活動をスタートさせ、2008年7月にコロムビアミュージックエンターテインメントより「線の上(Tomoyuki Sakakida Remix)/GOOD CREW」で初の楽曲リリースを果たした。以降、数々のリミックスコンテストで優秀な成績を収め、実力を発揮している。
 
オリジナル楽曲では和のテイストを散りばめ、Tomoyuki Sakakida独特の作風を描く。調和のとれたバランスと誰にも真似できない個性は彼ならではのもの。これまでに吸収してきた幅広い作風や感性を存分に発揮した楽曲は常に進化を遂げている。somode:Tomoyuki Sakakida

 

-楽曲をつくろうとした背景(キッカケ、想い、ストーリー)

somodeが犬猫問題を取り扱いながら楽曲リリースをしていく中で「アーティストサイドは本当に関心があるの?」というのは常に付き纏う問題だと思います。もっと具体的な形でリンクさせ、そのまま楽曲を通じて体言していけたらと思い、自分なりに影ながら行動してみたのが今回の楽曲になります。

題材になっているのは北海道積丹半島にある「セタカムイ岩」という場所です。セタカムイはアイヌ語で犬の神様という意味で、名のとおり犬が遠吠えをしているような形の岩なのですがそのバックには帰らぬ主人を待ちつづけた犬の化身というアイヌ伝説があります。

この土地にまつわる言い伝えをこの曲のストーリーとしながらsomodeの活動理念である社会問題が1日でも早く良い方向に向かっていけるよう犬の神様にお願いしようというメッセージを込めて作りました。

 

-楽曲の作成中に起こった事で印象深かったこと。

セタカムイ岩がある土地に「豊浜トンネル」という場所がありまして、当時北海道の方ならピンときたと思うのですが1996年2月10日にトンネルが崩落、バスと乗用車が押しつぶされ乗っていた20名全員が亡くなるという悲惨な事故がありました。

当時まだ小学生でしたがテレビ越しに見た救助状況、発破風景などは今でも目に焼きついているほどですので「この土地を題材にすると嫌でも思い出してしまうな」と終始思っていました。

その矢先の出来事なんですが、制作途中すっかり煮詰まって進まなくなってしまい休憩がてらテレビをつけたら夕方のローカルニュースで流れてきたのは豊浜トンネル崩落事故の特集。

その日こそ2月10日、まさに崩落事故のその日でした。思わず鳥肌が立ったと同時に奮い立たされすぐさまDAWの前に大急ぎで戻ったのを覚えています。

 

-これからのアーティストとしての展望

今まで独りよがりに制作し、理解者をひたすら待つようなスタンスだったのですが今後は自分の芸術として音楽を作ることと、人を楽しませるために皆が何を求めているのか、皆がどんなものを聴きたいのかを考えて音楽を作ることの両立を図りたいと思っています。

確かに己のスタイルを貫き通すのはもちろん大事なことですが同時に皆で共有し空間に彩りをあたえる音楽というのもテーマに取り入れ、時に笑い、時に悲しみ、そんな日常の1ページ1ページの必ず置いてあるような、昔聴いてた音楽を聴いたらそのときのことを思い出すっていうのがあると思うのですが、そんな音楽を作っていきたいです。

 

-楽曲の聴き所

しっかりDJ仕様なイントロもアウトロもありますし、クラブミュージックの土台を使っていますが今回良い意味で踊らせるということは考えていません。変わったブレイクも同じフレーズで引っ張り続けないあたりがそうですが、クラバーに向けていないクラブミュージックと言えば近いかもしれません。

踊らせるというより躍らせろという感じをセタカムイ岩の情景が目に浮かぶようなメロディでということを考えました。あとは曲中に入っているFX(効果音)の中に犬の遠吠えに聴こえる箇所があります、探してみてください!

 

-普段の趣味、好きな事

結局音楽を作っています。気の知れた仲間とお酒を飲んでDJして遊ぶのも好きですが何をやっても音楽とは結びつきますね。

それ以外だと最近よくやっているのが通称「市内世界ツアー」と呼んでいるのですが、深夜にマックで夜食しながらボーっとした後、市街地、郊外、山道通って湖とひたすらドライブし、面白そうな場所を見つけたら寄る感じで、ひたすらと彷徨うというのがマイブームです。

落ちたモチベーションが一発で回復するのでオススメですよ(笑)

 

-世の中や音楽や、文化への理想

皆が上を目指し続けて日々競争しているのに、火花が散っているわけでもなく時には助け合い、お互いを高めあっている。

「思ってもない褒め言葉を言って心の中では・・・」とかそういうのではなく、自分が持っていない他人の一面に対して素直に素晴らしいと思う気持ちを皆が持っている世の中でしょうか。

逆に他人が持っていない自分の一面を思いきり誇る勇気も持ち合わせることももちろんです。そんな中にいるのが一番居心地がいいですね、音楽もそれ以外も。

 

-なぜそう思うようになったのか

基準が1つしかない中で優劣がついてしまうってのが何より嫌なんですよ。例えば自分のここが優れていてここがダメだと言ってくれる人が居たとして、自分が尊敬している人に言われたときは手放しで信じて鵜呑みにしてしまいがちですが、その前に「良いと言われたけど自分はダメだと思ってる」、「ダメと言われたけど自分は良いと思ってる」っていうプロセスがあっていいですよね、相手がどんな大物でも。

本当にそうかどうかはその後でじっくり考えればいいじゃないですか、自分というエフェクターは他人というエフェクターの後に、最後にかけるべきだと思うんですよ。

そして前項「-これからのアーティストとしての展望」のお話に戻るわけです(笑)

 
Tomoyuki Sakakida – Setakamuy